朝鮮半島からの移住者の息子として中国吉林省の朝鮮自治州で生まれ、2012年から韓国に居を移して映画作りを行った장률(チャン・リュル)監督。
古都경주(慶州)にやってきた男とそこで茶房を営む女との出会いを描いた『경주(慶州〈キョンジュ〉ヒョンとユニ)』は泰然とした雰囲気とユーモアに満ちたユニークな作品だ。
異邦人の目から捉えた韓国の風景
旧友の葬儀に出席するため、現在住んでいる北京から韓国に帰国した大学教授최현(チェ・ヒョン)。
7年前にその友人と訪れた慶州の찻집(伝統茶を出す店)で見た春画がなぜか忘れられない彼は一人その場所を再訪し、店の美しい女主人공윤희(コン・ユニ)と言葉を交わす。
1962年に中国・吉林省で生まれた中国朝鮮族3世であるチャン・リュル監督。長編2作目の『망종(キムチを売る女)』(2005)は世界各地の映画祭で高い評価を受け、日本でも劇場公開された経験を持つ。
その後も中国と韓国を行き来しながら作品を作り続けた彼は、韓国に住む外国人たちへのインタビューと彼らが働く場所の風景で構成された素晴らしいドキュメンタリー『풍경(風景)』(2013)も発表している。
魅力的な登場人物の演技
『慶州ヒョンとユニ』以前の作品は、シリアスな設定やキャラクターが多かったが、自身の体験を基にしたという本作の主人公ヒョンは慶州で出会った人たちと交わす会話もかなりちぐはぐで、そこはかとないユーモアをたたえている。
演じているのは『헤어질 결심(別れる決心)』(2022)の박해일(パク・ヘイル)。この作品によってチャン・リュル監督との親交を深め、続く『군산: 거위를 노래하다(群山)』(2018)にも出演している。
また、「갯마을 차차차(海街チャチャチャ)」(2021)などドラマでの印象が強い신민아(シン・ミナ)がミステリアスなユニを自然な演技で見せている。
人間と空間への深い洞察
死に導かれるように慶州にやって来たヒョンが、古墳(=墓)のある街をさまよいながら、思い掛けない形で過去(死者)と邂逅する様子が美しい空間にゆったりと流れる時間の中で描き出されていく映画『慶州ヒョンとユニ』。
韓国の映画雑誌『シネ21』に掲載されたインタビューの中でチャン・リュル監督は、かつて慶州を訪れた時に自分が伝統茶を出す店で見た春画を映画の中に取り入れたことについて、「春画をよく見るとその中に空間が見える。空間が見えるということは、余裕、雰囲気、人間が見えるということだ」と語っているが、この言葉はそのまま『慶州ヒョンとユニ』という映画にも重なっている。
チャン・リュル監督はその後居住地を中国へと移したが、独自の視点から空間と人間を捉えた作品を生み出し続けている。
この映画が紹介されている書籍
定価:1518円(本体1380円+税10%)