경상도(慶尚道)は韓国の中でも歴史的な見どころに富む地域です。신라(新羅)の都として栄えた경주(慶州)や、朝鮮王朝時代の家並みを残す안동(安東)など、各時代の風景を身近に感じられるのが大きな魅力です。
従って、この地域で味わえるグルメも、歴史的な逸話と共に楽しめるものがいっぱい!食を通じて歴史にも触れられる地域です。
まずは경상북도(慶尚北道)の観光地とグルメを見ていきましょう。
안동(安東)の見どころとご当地グルメ
慶尚北道の道庁所在地は安東です。安東は民俗村の하회마을(河回村)が有名で、16世紀に村を開いた풍상 류씨(豊山柳氏)の末裔が今もこの地で生活しています。
慶尚北道にはこうした伝統集落が多く残っており、河回村のほか、경주양동마을(慶州良洞村)、성주한개마을(星州ハンゲ村)、영주무섬마을(栄州ムソム村)、영덕괴시마을(盈徳槐市村)の5カ所が国家民俗文化財の指定を受けました。村全体の登録は全国でわずか8カ所しかないので希少です。
そんな地域性から安東では、当時の儒学者たちが学んだ도산서원(陶山書院)、병산서원(屛山書院)を見学したり、양반(両班、当時の支配階級)の暮らしを庶民の視点から表現する탈춤(仮面劇)を鑑賞するなど、歴史的な体験を幅広く満喫できます。
食の面でもこうした地域性が発揮されており、安東名物の헛제삿밥(祭祀料理定食)は、両班家の祭祀料理を現代風の定食に仕立てたものです。
一説によれば、食いしん坊な両班がごちそうを食べたいあまり、제사(祭祀)のない日にもうそをついて料理を作らせたのが始まりとか。헛제삿밥の헛がまさしくうそを意味します。
定食にはたくさんの나물(ナムル)とご飯が用意され、これにしょうゆをかけて비빔밥(ビビンバ)として食べます。고추장を使わないのは陰陽五行思想に基づく祭祀料理のルール。
他の탕국(スープ)や전(チヂミ)、생선구이(焼き魚)などにも고추(唐辛子)、마늘(ニンニク)は使用されません。
興味深いのは焼き魚に、간고등어(塩サバ)、상어돔배기(塩漬けにしたサメの切り身)が含まれること。
安東は内陸地域なので海から遠く、こうした保存性の高い魚料理が発達しました。塩サバはそれ単体で定食として出す店も多く、祭祀料理定食と並び、安東を象徴する食文化の一つと言えます。
경주(慶州)の見どころとご当地グルメ
かつて新羅の都として栄えた慶州は、「屋根のない博物館」と呼ばれています。町を歩けば至る所に古墳がこんもりと連なり、かつての王宮跡や別宮跡、寺院跡、石仏、石塔、磨崖仏などを続けざまに見ることができます。
代表的な見どころだけでも、仏国土を再現して創建された불국사(仏国寺)や、石窟内に釈迦如来が座する석굴암(石窟庵)、天馬を描いた馬の泥よけが出土した천마총(天馬塚)と、その天馬塚他たくさんの古墳が並ぶ고분공원(古墳公園)、東洋最古の天文台とされる첨성대(瞻星台)、新羅の別宮で貴族らが舟遊びに興じた동궁(東宮)と월지(月池)など、枚挙にいとまがないほどです。しっかり観光しようと思ったらいくら時間があっても足りません。
しかし、どんなに時間が足りないときでも、古墳公園や瞻星台まで出向く場合は、すぐ近所にある伝統酒の酒蔵も併せて訪ねてください。
ここで造られている교동법주(校洞法酒)は、地元の名士である경주 최씨(慶州崔氏)の一族によって、朝鮮王朝時代から受け継がれてきたもの。
もち米を使った醸造酒ですが、口に含むととろりと濃厚で、コクのある甘さが長く後を引きます。お酒が好きな方はもちろん、たしなむ程度の方にも、ぜひ一度試していただきたいですね。
要冷蔵の生酒である上、生産量がごく限られているため、酒蔵以外ではなかなか購入の難しい銘柄。いい思い出として記憶に残るはずです。
その他に慶州は、古墳公園の周辺で発達した쌈밥(葉野菜包みご飯)や、보문호(普門湖)一帯に専門店の集まる맷돌순두부(石臼で大豆をひいて作る豆腐チゲ)、성동시장(城東市場)の우엉김밥(ゴボウのり巻き)、地元銘菓の황남빵(あん入りのまんじゅう)など名物料理もたくさん。
これらを一つひとつ食べ歩くのにも、やはり時間が足りない地域です。
영양(英陽)の見どころとご当地グルメ
영양(英陽)の特産品は唐辛子です。韓国料理に詳しい人であれば청양고추(青陽唐辛子)という激辛品種をご存じかもしれません。
うっかりかじればしばらく話もできないほどに舌がヒリヒリ。제주(済州)産とタイ産の唐辛子を掛け合わせて作られたものですが、当初これを試験栽培したのが慶尚北道の청송(青松)、英陽の2地域でした。
そこで両地域から一文字ずつ取って青陽唐辛子。痛い目に遭ったことのある方は、ぜひ青松、英陽の地域名もぜひご記憶ください(ただし命名の由来には論争があり、충청남도(忠清南道)の청양〈青陽〉も起源を主張しています)。
さて、そんな唐辛子で有名な英陽において近年注目されているのが、その唐辛子を全く使わない料理です。
英陽には두들마을(トゥドゥル村)という集落があり、17世紀に재녕 이씨(載寧李氏)の一族によって開かれました。この村に代々伝えられたのが『음식디미방(飲食知味方)』という一冊の本。
村の開祖である이시명(李時明)の妻、장계향(張桂香)が記したもので、子孫のために台所仕事の要点をまとめたものです。
執筆年代は1670年ごろと古く、ハングルで書かれた料理書としては最古。当時の食文化を知るには大変貴重な資料です。
時代的に幾つか大きな特徴がある中で、最も大きな一つが唐辛子を全く使っていないということ。
唐辛子の伝来は16世紀後半から17世紀初頭にかけてというのが定説ですが、それより時代の下った1670年の段階でも、唐辛子の利用が一般的でなかったことを裏付けています。
英陽ではこのレシピを再現し、음식디미방체험관(飲食知味方体験館)で、実際に味わえるようにしました。唐辛子を使わなかった時代の韓国料理がどのようなものだったのか。
タイムスリップした気分で、ぜひ一度体験してみてください。
영주(栄州)の見どころとご当地グルメ
朝鮮王朝時代の地方における主要な教育機関に、향교(郷校)と서원(書院)があります。
地方において儒学を教え、将来の人材を育むとともに、敷地内では先人である偉大な儒学者の祭祀を執り行った場所です。
また私塾のような存在として、서당(書堂)という場所もありました。これらは現在、歴史的な見どころとして観光地にもなっています。
郷校が官立であるのに対し、書院は私立の教育機関ですが、朝鮮王朝後期にはむしろ書院の方が発達し、多くの優秀な人材を輩出しました。
영주(栄州)の소수서원(紹修書院)は、1542年に韓国で初めて作られた書院です。当時、この地域の郡主であった주세붕(周世鵬)が設立。
王から認められた初めての賜額書院(王の名前が入った扁額を下賜された書院)であり、またそれを上奏した儒学者が、現在1000ウォン紙幣に描かれる이황(李滉)ですから大変権威があります。
栄州の人にとっては大きな自慢ですが、それと共にもう一つ地元でたたえられる周世鵬郡主の功績があります。それが인삼(高麗ニンジン)の栽培。
栄州の中の풍기(豊基)地区は、新羅の時代から高麗ニンジンの名産地でしたが、当時の高麗ニンジンは山に自生しているものを採取したため、大変希少であることから、収穫量は安定しませんでした。それを畑で栽培することによって、生産量を増やし、地域の名産として育成したのです。
現在も豊基駅前には高麗ニンジン市場があり、収穫をする10月には祭りも開かれて大勢の人がやって来ます。薬材としてのみならず、食材としての利用も盛ん。
地元の専門店に行くと인삼정식(高麗ニンジン定食)といったコースメニューがあり、인삼튀김(高麗ニンジンの天ぷら)や、同じく地元名産である한우(韓牛)と組み合わせた떡갈비(焼き肉ハンバーグ)、갈비찜(牛カルビの蒸し煮)などを味わえます。
포항(浦項)の見どころとご当地グルメ
慶尚北道を構成する全23市郡のうち、海に面しているのは、울진(蔚珍)、영덕(盈徳)、포항(浦項)、慶州、울릉(鬱陵)の5地域だけです。
地域のほとんどが内陸にあって、山の印象が強い地域と言えますが、それでも海岸部には少数精鋭ながらも力強い存在感があります。
中でも浦項は、慶尚北道で唯一人口が50万人を超える中核都市。水産業のみならず、韓国最大の製鉄会社であるPOSCOを抱える工業都市の側面もあります。
そんな浦項を地図で見ると、東海岸に突き出た半島があり、先端の岬を호미곶(虎尾串)と呼びます。朝鮮半島を虎の姿に見立てたときに、しっぽとなるのがまさにここ。朝鮮半島で最も東に位置することから、日の出の名所としても知られています。
また、その少し手前にある구룡포항(九竜浦港)は、かつて日本人が集団移住をしたことから、当時建てられた日本家屋を多く残しています。現在は九竜浦近代文化歴史通りとして整備され、歴史館や、文化体験館なども並んでいます。
そこから海沿いの通りに出ると、すかさず目に飛び込んでくるのが、派手な대게(ズワイガニ)の看板たち。慶尚北道は韓国を代表するズワイガニの名産地であり、2022年は全国の約78.1%を水揚げしました。
その中でも最大の漁獲量を誇るのが九竜浦港であり、港の近くにはズワイガニ専門の飲食店が軒を連ねています。漁期は12月から5月末までですが、2~3月ごろが一番の旬。ちょうど설날(旧正月)前後が最も身が詰まっておいしいともいいます(その分値段も跳ね上がりますが)。
あるいはこの九竜浦港、天然の전복(アワビ)も採れますので、日の出を見るついでに朝食として전복죽(アワビがゆ)というのもいいですし、あるいはズワイガニと同じく冬場の郷土料理として과메기(サンマの生干し)もおすすめです。
(写真提供:八田靖史)
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