韓国各地の知られていない絶品鍋料理を巡る旅。今回は、이북지역(以北地域)のご当地鍋を紹介する。
以北地域ってどんなとこ?
朝鮮半島北部の地域。1950年からの朝鮮戦争により南北が分断されたため、現在は朝鮮民主主義人民共和国の統治下にある。
韓国の自治体区分では이북5도(以北5道)と総称し、황해도(黄海道)、평안북도(平安北道)、평안남도(平安南道)、함경북도(咸鏡北道)、함경남도(咸鏡南道)を指す(北の自治体区分とは異なる)。
朝鮮戦争はいまだ休戦中であり、北緯38度線付近の軍事分界線を挟んで南北が対峙する状況が続いているものの、2018年4月に판문점(板門店)で南北首脳会談が行われるなど、緊張の緩和に向けた対話が続けられている。
また、近年はこうした動きを踏まえ、以北地域、ならびに이북음식(以北料理、北部地域の郷土料理)への注目が高まっている。
韓国においては北部出身者やその子孫らの営む飲食店があるほか、北部の食文化がアレンジされて生まれた郷土料理も存在する。
普段、韓国料理として食べているものの中には、以北地域を本場とするものが少なからずある。냉면(冷麺)、빈대떡(緑豆チヂミ)、족발(豚足の煮物)、순대(腸詰め)などがよく知られた例。
朝鮮戦争によって南北が分断された状態にはあるが、食文化としては南北を合わせて一つと言える。
冷麺は以北料理の代表格
以北料理を提供する店の中で、最も多いのは冷麺の専門店であろう。
평양냉면(平壌冷麺)の店では평양(平壌)を中心とする평안도(平安道)の料理を提供し、함흥냉면(咸興冷麺)の店では함경도(咸鏡道)の料理を一緒に出すところが多い。
以北地域の鍋料理
鍋料理としてぜひおすすめしたいのが、平安道料理の어복쟁반(牛肉の寄せ鍋)。薄切りの牛肉や、野菜、キノコ、錦糸卵などの具を、名前の通り쟁반(お盆)に彩りよく盛り付けたものだ。
中央に薬味しょうゆの器を置くのが特徴的で、ここに煮えた肉や野菜をつけて味わうのだが、下地の牛だしが染みてどの具も味わい深い。
ひとしきり食べ終えたら、残ったスープに冷麺の麺や、만두(ギョーザ)を入れて食べてもおいしい。
ちなみにそのギョーザも牛肉の寄せ鍋の場合は平壌式であり、小さくきれいに作る개성(開城)式と比べて、ごろんと大きく作る。
1つ食べれば胃にズシンとくるほどで、これを蒸して食べても格別だが、만둣국(ギョーザスープ)や、만두전골(ギョーザ鍋)にしてもまたおいしい。
専門店で教えてもらった食べ方のこつがあり、それが具の一部を煮汁に溶かしながら食べるというもの。具のうま味がスープにも溶け込み相乗効果で両方ともおいしくなる。
平壌の郷土料理
平壌の名物としては평양온반(平壌式のクッパ)も有名で、これは平壌冷麺、緑豆チヂミ、숭어탕(ボラのスープ)と並んで平壌4大料理に数えられる。
鶏だし、または牛だしのスープにご飯を入れたものだが、これらの肉に加えて、緑豆チヂミや육전(牛肉のチヂミ)、あるいはギョーザなども具として入る豪華さである。
開城の郷土料理
平壌と並んで郷土料理の豊富な地域が、かつて高麗の都として栄えた開城。
先に紹介したギョーザのみならず、약밥(甘いおこわ)、장국밥(開城式のクッパ)、인삼닭곰(開城式のサムゲタン)、반상기(開城式の韓定食)と多彩だが、それをよく象徴するのが개성무찜(開城式の大根煮)である。
大根煮と言いながら、牛肉、豚肉、鶏肉を一緒に煮込むというなんともぜいたくな脇役陣。これらのうま味を吸った大根がおいしいのはもちろんだが、それを主役とするネーミングセンスにうならされる。
奥深い以北料理の世界
こうした南の感覚では予想もつかない料理に出合えるのも以北地域の面白さだが、その意味では咸鏡道料理の농마떡국(でんぷん餅のスープ)が衝撃であった。なにしろ국(スープ)と名乗っているにもかかわらず、いくら見ても汁気がない。
ジャガイモのでんぷんを丸めてゆで、大豆モヤシやワラビなどと辛い薬味ダレに絡めて味わうという、さながら비빔냉면(混ぜ冷麺)の麺を餅に替えたような料理だ。
未知なる世界を北に半分残す韓国料理は、まだまだ奥が深いと実感させられる。
(写真提供:八田靖史)
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「韓国人と鍋」
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