韓国各地の知られていない絶品鍋料理を巡る旅。今回は、경상북도(慶尚北道)のご当地鍋を紹介する。
慶尚北道ってどんなとこ?
韓国の中東部に位置する地域。自治体としては대구광역시(大邱広域市)、慶尚北道に分かれる。
慶尚北道の道庁所在地は안동(安東)。東部の東海岸沿いと、北部から西部にかけて山々が連なり、それぞれ태백산맥(太白山脈)、소백산맥(小白山脈)の一角を成す。両山脈の中間には平野部が広がる。
大邱は朝鮮王朝時代の1601年に慶尚道の監営(現在の道庁)が置かれた地域で、韓方市場の대구약령시(大邱薬令市)や、かつて朝鮮三大市場の1つに数えられた서문시장(西門市場)が栄えるなど、交通、物流の中心的役割を担ってきた。
代表的な観光地としては、신라(新羅)の都であった경주(慶州)があり、古墳、寺院跡、宮殿跡といった歴史的な見どころを残す。
安東には朝鮮王朝時代の暮らしを現代に伝える民俗村の하회마을(河回村)があり、港町の포항(浦項)には日の出の名所호미곶(虎尾串)がある。
朝鮮王朝時代の両班らが一族で集まって暮らした地域を집성촌(集姓村)と呼ぶ。宗家を中心として家の歴史を守り、祖先を敬い、儒学を修めることで国家に寄与する人材を輩出した。
慶尚北道にはこうした村が数多く残っており、中央とのつながりが深かったことから、食文化においても宮中との関連性が郷土料理の中に見られる。
宮中料理が郷土料理のルーツ
代表的な1つが영주(栄州)の태평초(そば寒天入りキムチ鍋)だ。地元の老舗店で聞くところによると、宮中料理の탕평채(緑豆寒天のあえ物)から派生したものだとのこと。
청포묵(緑豆寒天)と메밀묵(そば寒天)、あえ物と鍋料理という違いはあるが、確かに名前は似ている。
しかも、店主は반남박씨(潘南朴氏)の집성촌である무섬마을(ムソム村)の分家筋。朝鮮王朝時代には2人の王妃を輩出した家系であり、そのあたりがルーツではないかとも想像できる。
両班の祭祀料理
安東の郷土料理、헛제삿밥(祭祀風定食)も両班の食文化を反映するものだ。헛제사밥とは偽の祭祀料理という意味であり、両班の務めとして欠かせない祭祀の料理を定食として再現したものである。
祭祀料理は地域によっても大きく異なるが、慶尚北道においてはサメが多く使われる。切り身を焼いた상어돔배기(サメのつけ焼き)や、スケトウダラとサメの骨でだしを取り、大根、牛肉、サメの皮を具として加えた탕국(祭祀用のスープ)が欠かせない。
慶尚北道は韓牛の名産地
また、慶尚北道は古くから한우(韓牛)の生産が盛んで、現在も生産量は全国1位を誇る。これもかつての両班家における需要が大きくあったはずだ。当時の牛は農作業の担い手であり、庶民が気軽に牛を食べられるような時代ではなかった。
安東、상주(尚州)、慶州、栄州辺りが主産地だが、個人的に印象深いのが、청도(清道)で食べた韓牛の焼き肉。
地元の方言で주먹시(サガリ、標準語では토시살)と呼ばれる部位がシコシコとして絶品だった。
しかもこれを石板で焼くのだが、終盤になるとここへ煮干し入りの우거지된장찌개(菜っ葉入りのみそチゲ)をざばっと投入する。地元では定番の食べ方ということだったが、牛の脂がスープに溶け出てなんともおいしかった。
絶品! 大邱式ユッケジャン
広域市の大邱も牛肉料理の多彩な地域である。これはもともと大邱が慶尚北道の一地域で、朝鮮王朝時代には大邱の牛市場を通じて全国に流通させたことが背景となっている。
中でもぜひおすすめしたいのが大邱式の육개장(牛肉の辛いスープ)で、一般的な육개장とは違い、ゴロンと大きな牛肉と大量の長ネギだけを煮込む。具の構成としてはシンプルであるが、そのぶん牛のうま味と長ネギの甘味は極めて濃厚である。
加えて、この육개장から派生した따로국밥(ご飯を別盛りにした牛スープご飯)も大邱では必食のメニュー。선지(牛の血の煮こごり)が入るので好き嫌いは分かれるが、できれば苦手だという人にこそ食べてほしい。熟成と煮るときの加減に違いがあるそうで、食べればさすが牛の本場と膝を打つこと間違いなしだ。
(写真提供:八田靖史)
この記事が掲載されている書籍
「韓国人と鍋」
定価:1518円(本体1380円+税10%)