2010年代の韓国では何が起き、何が変わったのでしょう。この記事では2010年代の出版界であった出来事を振り返ります。
※この記事は『韓国語学習ジャーナルhana Vol. 34』掲載記事を基に再構成したもので、ハングルのルビは割愛させていただきます。
セウォル号沈没事故以降の文学
「権力者たちが一番恐れているのは、生きて動いている人たちの抗争とその現場の真実と思想を書いた一冊の本である」。これは詩人박노해(朴ノヘ)の言葉だ。
2014年4月、高校生を含む多くの乗客を乗せた船が沈没。助けてとメッセージを送り続ける人々。テレビ画面に映し出された沈みゆく大型客船。「세월호 침몰 사고(セウォル号沈没事故)」だ。
人の安全よりも金もうけを優先する韓国社会が丸見えになった事故だった。目の前で死んでいく人々を助けられなかったことへの無念が、多くの人の心に傷痕を残した。
詩人や作家など表現者は、この痛みと政府や行政の無能さを批判する作品を発表していく。
一番初めに出されたのは経済学者우석훈(ウ・ソックン)による『내릴 수 없는 배(邦題:セウォル号沈没事故からみた韓国)』。
そして韓国を代表する気鋭の小説家、詩人、思想家たちが、セウォル号の惨事であらわになった社会の傾きを前に内省的に思索を重ね、静かに言葉を紡ぎ出した作家たちのエッセー集『눈먼 자들의 국가(目の[ryby]眩:く[/ruby]らんだ者たちの国家)』。執筆者の多くは後に박근혜(朴槿恵)政権のブラックリストに載せられた。
以降もセウォル号沈没事件をテーマにした作品が数多く発表された。김애란(キム・エラン)、황정은(ファン・ジョンウン)、최은영(チェ・ウニョン)などによる日本語で読める作品も多い。
独立系書店の増加
図書定価制の施行(2014年)で本の価格が一定になったことから、独立系書店が増えてきた。서울(ソウル)のみならず各地方でも多様なコンセプトの本屋が次々とオープンしている。
文学専門店の고요서사(コヨソサ)、詩集専門店 Wit’n Cynical、科学書専門店과학책방 갈다(クァハクチェクパン ガルダ)など専門書店が人気。2017年にオープンした独立系書店の数はなんと68店舗!
また、講座やイベントを開くことで一つのプラットフォームになり、本だけではなくあらゆるコンテンツが集まる최인아책방(チェイナチェクパン)などの書店もある。
独立系書店が増えてきたことで、2018年からは大手出版社が独立系書店用に別バージョンのカバーやグッズを提供し、小さな本屋を応援したりもしている。
その一方でジェントリフィケーション(地域の高級化)現象の影響で、商売を継続できず閉店が増えているのも事実だ。
フェミニズム
2016年5月に起きた「강남역 살인 사건(江南駅殺人事件)」をきっかけに、性差別や性暴力にNOを突き付ける動きがはっきり表れた。
出版界も例外ではなく、이민경(イ・ミンギョン)の『우리에겐 언어가 필요하다(邦題:私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない)』(2016年)や조남주(チョ・ナムジュ)による『82년생 김지영(邦題:82年生まれ、キム・ジヨン)』(2016年)などを皮切りに今日まで、フェミニズムを大きな柱に据えた作品が次々と出版されている。
けれども実は、韓国のフェミニズム文学はもっと根が深い。김혜순(金恵順)や양귀자(梁貴子)などの作家たちも、1980、1990年代から作品を通してこの問題を告発してきた。その声が今まで受け継がれ、より多くの読者たちの心に届くようになっている。
小確幸
「소확행(小確幸)」とは村上春樹による造語。「小さいけれど確かな幸せ」を意味するこの言葉が、2018年韓国のトレンドだった。
さかのぼってみると、益田ミリの作品が韓国で出版されたのが2012年のこと。益田ミリの描く「淡々とした」「特別なことのない日常」こそが韓国の女性読者たちの読みたいと待ち望んでいた姿で、彼女の作品は韓国の女性作家たちにも影響を与えたと韓国の出版社の人は語る。
閉塞感の強い社会の中で、ささやかかもしれないけれど自分にとっては幸せを感じることを大切にし、社会の目を気にするのではなく自分自身を大事にする。そうしたことをつづった作品がエッセーを中心に次々生まれている。
김수현(キム・スヒョン)の『나는 나로 살기로 했다(私は私のままで生きることにした)』は2016年の刊行から3年間で累計80万部発行を達成するほど、多くの人に共感を持って読まれている。
クィア小説
男性同士の恋愛を韓国の作家が取り上げることはずっとタブー視されていたが「韓国の社会が変わった」と強く感じる作品が次々と発表されるようになった。
박상영(パク・サンヨン)の『알려지지 않은 예술가의 눈물과 자이툰 파스타(知られていない芸術家の涙とザイトゥーンのパスタ)』などを読んで感じるのは、たまたま登場人物が男性同士なだけで、わざわざ「ゲイの」恋愛だと言う必要は感じられないほど自然だということ。
他にもクィア1小説が次々と発表され、日本語で読めるようにもなってきている。
- 性的マイノリティーをより広く捉えた概念のこと ↩︎
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