顔を変えて潜入してきたスパイと韓国の諜報部員が恋に落ちる『쉬리(シュリ)』(1999)、ドイツのベルリンを舞台に南北の秘密要員たちの攻防を描く『베를린(ベルリンファイル)』(2013)など、さまざまなスパイ映画が作られてきた韓国。
いずれもダイナミックなアクションが見どころとなる作品だったが、1990年代に活躍した実在の人物が主人公の『공작(工作 黒金星〈ブラック・ヴィーナス〉と呼ばれた男)』は、静かでリアルな雰囲気によって見る者を引き込む。
実在の諜報員をモデルとするリアルな設定
軍での輝かしい経歴を捨て、国家安全企画部室長直属の諜報員となった박석영(パク・ソギョン)。
彼の任務は、中国で活動する北朝鮮の幹部리명운(リ・ミョンウン)所長にビジネスマンとして接触し、核開発に関する情報を得ることだった。
苦労の末、リ所長と面識を得たソギョンは、韓国企業のためのCMを北朝鮮で撮影する計画を持ち掛ける。
『범죄와의 전쟁: 나쁜놈들 전성시대(悪いやつら)』(2012)や『군도: 민란의 시대(群盗)』(2014)の윤종빈(ユン・ジョンビン)監督が、ある記事に書かれた工作員“흑금성(黒金星)”の物語に興味を持ったことから製作がスタートした今作。
実際の흑금성こと박채서(パク・チェソ)さんは、国家保安法違反の罪に問われて2010年から2016年まで服役中であったため、家族を通して許可を得て、本人とも手紙でやりとりを続けながら準備をしていったという。
実力ある俳優たちの息詰まる攻防
主人公パク・ソギョン役は『베테랑(ベテラン)』(2015)、『서울의 봄(ソウルの春)』(2023)の황정민(ファン・ジョンミン)。危険な任務を遂行するプロフェッショナルでありながら、人間味が見え隠れする人物を魅力的に演じている。
そんな彼と接触し、お互いの本音を探っていくリ所長役の이성민(イ・ソンミン)とパク・ソギョンの上司役の조진웅(チョ・ジヌン)は『군도: 민란의 시대』に続いてユン・ジョンビン監督作品に出演。
さらに、『신과함께(神と共に)』シリーズの주지훈(チュ・ジフン)がパク・ソギョンを疑う北朝鮮の国家安全保衛部課長を演じている。
1990年代、南北関係の裏側
核開発調査のカムフラージュとなるCM撮影の許可を得るため「南から(中国を経由して)北へ」と向かったパク・ソギョンは、当時の最高指導者だった金正日の豪華な別荘や、貧しさに苦しむ一般の人々の様子などを目撃する。
一方、自分たちの選挙を有利に進めようとする韓国の政治家たちは、別のルートから“北の脅威”を利用しようとする。
“表”に見える事象だけでは分からなかった1990年代の南北関係の複雑さが伝わってくる。