地方を旅する上で、意識するとより楽しくなるのが食材の旬である。
近年は冷凍技術の発達で、旬を外れてもいろいろなものが食べられるようになったが、せっかく産地を訪れるのであれば、一番おいしい時期を狙いたい。
カレンダーを眺めて、ちょうどあの食材が旬を迎えるから、あそこに行こう、と思えるようになれば、地方旅行の楽しさもぐんとアップする。
済州島をいつ訪れるべきか
朝鮮半島の南に浮かぶ제주도(済州島)は韓国最大の島である。かつては탐라(耽羅)と呼ばれた独立国で、本土とは異なる独自文化を育む地である。
南海のリゾート地という側面もあり、一昔前までは韓国で新婚旅行というと、まずどこよりも済州島だった。
有名観光地だけあってどのシーズンもにぎわうが、個人的には菜の花の咲き乱れる春を一番おすすめしたい。この時期は菜の花だけでなく桜も咲いて麗しく、気温も上がって過ごしやすい。ゆったり旅行をするにはぴったりの季節だ。
そんな春から夏にかけて済州島で食べたいのが멜(カタクチイワシ、標準語では멸치)である。春になるとあちこちの飲食店で、「멜튀김 개시(カタクチイワシの天ぷら始めました)」と貼り紙を出す。
丸ごと衣を付けて揚げたカタクチイワシは、ほくほくとして、身も肉厚だ。味付けは少量の塩のみ。口に放り込む手が止まらない。
カタクチイワシの天ぷらだけでなく、멜조림(カタクチイワシの煮付け)、멜국(カタクチイワシのスープ)もおいしいが、カタクチイワシの天ぷらのおいしさは一枚上を行く。
春以外の季節も捨て難い
一方、夏が本格化してくると漁師料理の물회(冷や汁風の刺し身)がおいしくなる。
刺し身を冷や汁風に仕立てた料理で、本土でも各地の港町で作っているが、済州島の夏は한치(ヤリイカ)、해삼(ナマコ)、자리돔(スズメダイ、자리とも呼ぶ)などが登場する。氷の浮かぶキンキンの冷や汁風の刺し身を味わうと、南国ならではの爽快感があふれてたまらない。
暑さを乗り越えて秋から冬にかけては、特産品の감귤(ミカン)が旬を迎える。
早生種の황금향(黄金香)というブランドは10月から出始めて1月ごろまでが旬。一番人気の천혜향(天恵香)は12月~3月が最盛期だ。
いずれもブランドミカンとして結構な値を付けるが、食べると驚くほど糖度が高く、水分量も多くてジューシー。市場に行けばずらりと並んでいるので、これはぜひとも購入してほしい。
また、寒い時期は고등어(サバ)、전갱이(アジ)といった青魚が脂を蓄えておいしくなり、마라도(馬羅島)沖で獲れた天然の방어(ブリ)も流通する。獲れたての魚に舌鼓を打つなら、やはり寒い時期に軍配が上がるだろう。
ということで、どの季節もそれなりの良さがあり、正直なところ甲乙つけがたい。済州島という島が、豊かな食文化を持っていることの証明でもある。
悩みに悩んで1つ推薦
そんな島の食文化から、旬の象徴として、今回は特に갈치(タチウオ)を紹介しよう。
タチウオは全国的によく食べられている大衆魚で、多めの油で表面をカリッとさせた갈치구이(焼きタチウオ)や、갈치조림(タチウオの煮付け)が有名だが、そんなタチウオを갈치회(タチウオの刺し身)で食べられるのはやはり産地ならでは。
釣れたての新鮮なものをさばいてもらうと、ピシッとした身の中から、意外にもしっかりとした脂のうま味がにじみ出てきておいしい。
島内では比較的どこでも食べられるが、景勝地として名高い성산일출봉(城山日出峰)の麓にある「전망좋은횟집(眺めのいい刺し身店)」という店が素晴らしかった。
名前のとおり、店内から海を眺められるだけでなく、テラス席からは城山日出峰を間近に望む。それだけでも十分に感動的な店ではあるが、それ以上に聞いてうなったのが、自前の漁船でタチウオを釣っているとの話であった。
一番のおすすめは「갈치 스페셜(タチウオスペシャル)」。タチウオの刺し身、焼きタチウオ、タチウオの煮付けの他、ぶつ切りの身をカボチャなどと煮込んだ갈치국(タチウオスープ)のセットだ。
ずらりと並んだ姿は壮観。中でもぴかぴかと輝く皮付きの刺し身は、銀肌が鮮やかで、かつて見たことがないほどの鮮度であった。
タチウオは、店では通年で扱っているものの、一番おいしいのは12~2月とのこと。これだけ見事なタチウオに出合えるのであれば、それは敬意を払って一番の時期に出掛けるべきであろう。
(写真提供:八田靖史)
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