韓国の文学史においてどのような作家が活躍し、どのような流れをたどったのか、なじみのない方がほとんどだと思います。
この記事では、19世紀から現代までどんな作品があり、どんな作家がいるのか、知る機会の少ない韓国文学史を紹介します。
開花期
韓国では1894年갑오경장(甲午更張)1を境に、政治制度から一般生活様式に至るまで西洋の先進文化を取り入れる近代化運動が始まった。
この時期の文学は翻訳、唱歌、新小説に分かれる。翻訳は聖書や賛美歌が多く、英国のジョン・バニヤン(John Bunyan)の『천로역정(天路歴程)』が1895年に翻訳された。
1890年代後半に入っては「독립신문(独立新聞)」の発刊で、『애국가(愛国歌)』『동심가(同心歌)』など独立思想を歌うものが多かった。これは최남선(崔南善)の「해에게서 소년에게(海より少年へ)」(1908年)という新体詩の発展へつながる。
新小説の代表作としては이인직(李人稙)の『혈의 누(血の涙)』(1906年)がある。韓国近代文学の父ともいわれている이광수(李光洙)は『무정(無情)』『개척자(開拓者)』を1917年に新聞に連載する。1917年には詩人윤동주(尹東柱)が生まれる。
1920年代
新文学は1910年の日韓併合の影響で発表作が少ないが、日本を通して新しい文芸思潮が入ってくる時期でもあった。
1921年には염상섭(廉想渉)『표본실의 청개구리(標本室の青ガエル)』、김동인(金東仁)『배따라기(船歌)』、김억(金億)翻訳詩集『오뇌의 무도(懊悩の舞踏)』が発表される。
1920年に創刊された同人誌『개벽(開闢)』には、김소월(金素月)の「진달래꽃(ツツジの花)」「엄마야 누나야(お母さん、お姉さん)」、현진건(玄鎮健)の「고향(故郷:ロシア人作家チリコフ原案の翻案小説)」が掲載される。
1925年に結成された카프(KAPF:朝鮮プロレタリア芸術家同盟)は、マルクス主義研究会などを開催しながら左翼文学の理論を論じ合う団体で5、6年間文壇を支配した。
主な作家としては、이기영(李箕永)、최서해(崔曙海)、한설야(韓雪野)、임화(林和)、안막(安漠)、박팔양(朴八陽)などが活躍した。
1930年代
この時期はファシズムの台頭、日中戦争の勃発で不安が高まる。김영랑(金永郎)、이태준(李泰俊)、정지용(鄭芝溶)、이효석(李孝石)などは民族の哀歓を多く描いた。
金永郎以外の人たちは김기림(金起林)を中心に「구인회(九人会)」を発足。純粋に芸術を追求する傾向を見せた。
이상(李箱)の詩『거울(鏡)』が1933年、詩『오감도(烏瞰図)』が1934年、小説『날개(翼)』が1936年に発表された。韓国のモダニストとして日本でも有名な박태원(朴泰遠)もこの時代に活躍。『천변풍경(川辺の風景)』は1936年の作品である。
またこの時期登場した詩人たちはまぶしい光を放った。백석(白石)の『팔원(八院)』、이용악(李庸岳)の『오랑캐꽃(スミレの花)』、오장환(呉章煥)の『헌사(献詞)』、서정주(徐廷柱)の『자화상(自画像)』、이육사(李陸史)の『청포도(青ブドウ)』は今も多くの人に読まれている。
1940〜50年代
言葉を奪われていた文学者たちは、1945年の解放と同時に言葉を磨き直し文学的レベルを高めるが、1950年6月25日に勃発した6.25 전쟁(朝鮮戦争)は、再度この国に大きな悲劇をもたらす。
朝鮮民族はこの戦争で南北に分かれて戦うことになり、共産主義に影響を受けた多くの政治家、思想家、文学者、学生が北へ亡命した。
北朝鮮に渡った作家を월북작가(越北作家)と呼ぶが、有名な作家は鄭芝溶、朴泰遠、홍명희(洪命憙)、李庸岳、林和、李泰俊などが挙げられる。
以後、韓国では越北作家に対してその名前や作品名までも禁忌し、1988年に解禁されるまで、文学研究者さえもアプローチすることができなかった。
また、오상원(呉尚源)『모반(謀反)』、이범선(李範宣)『학마을 사람들(鶴村の人々)』など、戦争の傷痕をテーマにした作品が発表された。
1960〜70年代
4.19 혁명(4.19革命)2と5.16 군사정변(5.16軍事政変)3を経験した作家たちは、政治・社会に対して覚醒し批判意識を高めた。
이호철(李浩哲)『판문점(板門店)』、남정현(南廷賢)『분지(糞地)』、김정한(金廷漢)『모래톱 이야기(砂原の話)』に続いて詩人の김지하(金芝河)、신경림(申庚林)、김수영(金洙暎)、신동엽(申東曄)たちは現実を告発・風刺しながら民衆の痛みを作品化していった。
1960年代には이청준(李清俊)、최인훈(崔仁勲)、서기원(徐基源)、박상륭(朴常隆)、안수길(安寿吉)などの、「内向き作家」ともいわれる若い世代が登場する。彼らは個人主義的な感性で中・長編小説を書いて発表する。
1970年代を代表する作家である최인호(崔仁浩)、황석영(黄皙暎)、윤흥길(尹興吉)、김원일(金源一)、방영웅(方栄雄)たちは新聞小説連載を通じて人気作家となる。崔仁浩『별들의 고향(星たちの故郷)』、조해일(趙海一)『겨울여자(冬の女性)』はベストセラーになって、映画化もされた。
また、김승옥(金承鈺)の『무진기행(霧津紀行)』、李清俊の『당신들의 천국(あなたたちの天国)』、尹興吉の『장마(長雨)』もよく読まれた。
一方、産業社会の渡来とその病理的な断面を表現した조세희(趙世煕)『난장이가 쏘아올린 작은 공(こびとが打ち上げた小さなボール)』(1978年)は、韓国が民主化を経て今日まで読み継がれるロングセラーとなった。
1980〜90年代
1980年代に入ってから幾つかの大河小説が完結する。民主化運動の盛んな時期でもあった。
その代表的な作品に、조정래(趙廷来)の『태백산맥(太白山脈)』、黄皙暎の『장길산(張吉山)』を挙げられる。
이문열(李文烈)の『영웅시대(英雄時代)』、今は映画監督として有名な이창동(李滄東)の『소지(焼紙)』、이제하(李祭夏)の『나그네는 길에서도 쉬지 않는다(旅人は道でも休まない)』、박완서(朴婉緒)の『엄마의 말뚝(母さんの杭)』もたくさんの人に読まれた。
詩集でもミリオンセラーが登場する。도종환(都鍾煥)の『접시꽃 당신(葵のようなあなた)』、서정윤(徐正潤)の『홀로서기(独り立ち)』は、詩集はもちろん詩をモチーフにした文房具なども作られ多くの女性から愛された。
1990年代に入ってからは、신경숙(申京淑)、공지영(孔枝泳)、은희경(殷熙耕)、오정희(呉貞姫)、최윤(崔允)、김인숙(金仁淑)、전경린(全鏡潾)など、女性作家の活躍が目立つ。
また、1990年代の注目すべき成果の一つは、박경리(朴景利)が25年間書き続けてきた大河小説『토지(土地)』が完結したことである。この小説は幾度もドラマ化された。
2000年代以降
これまで大きく対立してきた「純文学×大衆文学」「リアリズム文学×モダニズム文学」「民族文学×外国文学」などの構図が崩れ始めた。
韓国の文学は、国家・民族・理念を超えて、個人の考え方や感覚で描くことで普遍性を獲得するようになってきた。
김영하、김연수、한강、박민규、김애란から、その後を継ぐ윤고은、황정은、정세랑などの作品は、これからもっと世界の人々に読まれるようになるだろう。
- 朝鮮王朝末期の1894年(甲午年)から行われた近代化改革。 ↩︎
- 1960年3月に行われた大統領選挙での不正に反発する学生たちが、大規模行動を起こし、時の大統領이승만(李承晩)を海外に亡命させた事件。デモが4月19日に頂点を成したことに名称は由来。 ↩︎
- 1961年5月16日未明、陸軍少将の박정희(朴正煕)が起こしたクーデター。以来16年続く軍事独裁政権の始点となった。朴正煕は元大統領박근혜(朴槿恵)の父。 ↩︎
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