1990年代に入ると、서태지와 아이들(ソテジワ アイドゥル)が登場し、韓国の歌謡界はダンスミュージックの全盛期を迎えます。一方でトロットは後退を余儀なくされますが、そんな中でも「트로트 4대 천왕(トロット四天王)」と呼ばれる4人の実力派の男性歌手がトロット界を支え、1980年代から1990年代、さらには2000年代への橋渡しの役割を担います。
今回は、その「トロット四天王」とその歌を紹介します。
ヒョンチョル
まずは、1942年生まれの현철(ヒョンチョル)から。長い下積み生活を経て、「봉선화 연정(鳳仙花恋情)」で1989年にKBS歌謡大賞を受賞したのに続き、1990年にも「싫다 싫어(嫌だ嫌だよ)」でKBS歌謡大賞を2年続けて受賞しました。その他、「사랑의 이름표(愛の名札)」などが、1990年代のヒット曲です。
ヒョンチョル「봉선화 연정(鳳仙花恋情)」
ヒョンチョル「싫다 싫어(嫌だ嫌だよ)」
ヒョンチョル「사랑의 이름표(愛の名札)」
ソン・デグァン
송대관(ソン・デグァン)は1946年生まれ。1975년のデビュー曲「해 뜰 날(陽が昇る日)」がヒットしたものの、米国に移民。1989年に「혼자랍니다(独りだそうです)」で韓国芸能界に復帰し、1992年「차표 한 장(切符1枚)」、1998年「네 박자(四拍子)」などがヒットします。2000年代に入っても「유행가(流行歌)」の大ヒットで幅広い世代から人気を集めました。
ソン・デグァン「차표 한 장(切符1枚)」
ソン・デグァン「네박자(四拍子)」
ソン・デグァン「유행가(流行歌)」
テ・ジナ
태진아(テ・ジナ)は1953年生まれ。1973年のデビュー後、すぐに各賞の新人賞などに輝きましたが、大手建設会社の社長夫人との不倫事件により長い期間テレビから閉め出されてしまいました。出演禁止措置が解けた後、1989年に「옥경이(オクキョン)」で復活を遂げ、1990年「거울도 안 보는 여자(鏡もみない女)」、同年の「미안 미안해(ごめん ごめんよ)」が続けてヒット。2000年にも「사랑은 아무나 하나(愛は誰もできるものじゃない)」が人気を博しました。
テ・ジナ「옥경이(オクキョン)」
テ・ジナ「거울도 안 보는 여자(鏡もみない女)」
テ・ジナ「미안 미안해(ごめん ごめんよ)」
テ・ジナ「사랑은 아무나 하나(愛は誰もできるものじゃない)」
ソル・ウンド
最後に、설운도(ソル・ウンド)は1958年生まれで、1982年のデビュー。デビュー曲の「잃어버린 30년(失われた30年)」が、朝鮮戦争で南北に生き別れた離散家族を探すKBSの番組の主題歌になりました。1991年の「다 함께 차차차(みんなでチャチャチャ)」、1997年の「사랑의 트위스트(愛のツイスト)」、実の姉に捧げたといわれる1999年の「누이(お姉さん)」などが代表曲です。
ソル・ウンド「다 함께 차차차(みんなでチャチャチャ)」
ソル・ウンド「사랑의 트위스트(愛のツイスト)」
ソル・ウンド「누이(お姉さん)」
「トロット四天王」の4人はいずれも、世紀が変わった後も新曲を発表し、テレビやコンサートでも活躍し、韓国の人々から愛されて続けています。しかし、残念ながら今年の7月、最年長のヒョンチョルが病により帰らぬ人となりました。